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猫額

 時折考えることがある。マイノリティについてのことを。

 猫額な人間をテレビや新聞などで殆ど見ないんだが、存在として少ないのだろうか。私はそうなのだが。

 試しに計ってみると一番幅のあるところで約3センチ。しかも私は眉毛がそれなりのボリュームを持つ富士額。どういうことかというとだね、眉の両端と頭髪の生え際が産毛で接続するのだよ関口君。自分で鏡を見ても途方に暮れる。いったい私の額はどこまでなの、そもそも私のパーツに額は存在するの。

 中、高校生の頃は最悪だった。校則で前髪はオンザ眉毛とかいいやがる。俺がそれをやるとスポーツ刈りと差のない位なんだよ。前髪に合わせた長さで他を揃えると、坊主頭一月後になってしまう、おかしい。坊主頭と誤差の範囲でしか変わらず、ブラシすら必要としない、そんな長髪がこの世にあっていいものだろうか。周りが長髪をきれいに分けてセットしている横でパツンパツンの前髪をしている私、他人だったら笑い飛ばすところだ。

 広いデコは知性の象徴とかいうのがあるが、個人的には腹が立つ。それでは私はバカの極みではないか。いや否定はしないけどさ、ああいった無根拠な風説が広まることには全くの遺憾だ。前になんか書いたような気がするが、とにかく許しがたい。

 マンガの主人公が軒並み長髪であるのも不愉快だ。風に揺れる前髪?何だそれは。あり得ない髪型の主人公が量産される中、どうして短髪の主人公というものが存在しないのだ。まして猫額の主人公など皆無だ。絵にならないとでもいうのか、これこそ差別ではないのか。すでに何を目的として書いているかわからないのだが、自分の問題として考えていくってことも大事なんじゃないかって思うんです私。

 さらに禿た時のことを想像すると総毛立つ。ある種自然の摂理であって仕方のないことと覚悟はしているのだが、願わくばこの額から禿あがって逝って欲しいものだ。そうすれば一時普通の額気分を味わえるというのに。だが、世の中の不条理さ故、後頭部から逝くのだろう。猫額で後ろ禿、ザビエルか私は。せめて光秀にしろよ、ムカつく。大丈夫、そうなったら私はフサフサであるうなじの皮膚を移植する予定なわけであるよ。

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