黒猫にはかなわない
本来犬好きな私なんだが。目線の高さを合わせて、眼鏡を外しじっと見つめればだいたい仲良くなれるし。
昔住んでいた団地には、鳩に雀、そして猫がごろごろしていた。どこにねぐらがあるのかは分からないのだが、気が付けば平然とそこらに鎮座している。当然猫好きばかりではなく、追い払われることもしばしば。それでもまたほとぼりをさまして、再び現れる。
そうした猫たちの中で、ひときわ存在感を放つ漆黒の猫がいた。飼い猫と違わぬ位に毛艶が良いそいつに名などあったかすら定かでない。首輪をつけていなかったので、何処かの家に住み着いているのではなかっただろう。時折姿を見せるそいつは、僕の見たときはいつもどっしりとしていた。少しはきびきび動けよ。
あまりの悠然さに苛立った高校生の僕はある日、百年一日の如く寝そべるそいつのすぐそばで激しく地団駄を踏んだ。一回、無反応。二回目、またも無反応。数回繰り返し、そいつはやっと反応した。しかし、他の猫と異なり、驚くことなくこちらをちら、と見上げた後、再び元の姿勢に戻った。なんて奴だ。引き下がる僕。
それからしばらく後のこと。団地の補修工事とかで壁面に足場が組まれていた。学校帰りの僕は、再びそいつと出会った。足場に登っていて目線の高さは同じ、そして夕暮れのため目線をあわせたそいつの瞳は妖しく輝いていた。いたたまれなくなり、つい僕は目を逸らした。しまった、と思い再度目をそちらに向けた僕を、そいつは勝ち誇ったかのように見続けていた。僕はあいつにはかなわない。
姿を見なくなったあいつを次に見たのは半年後だったか。そばの大阪城公園に散歩に行った時に、あいつは芝生に寝そべり、いつものようにくつろいでいた。おお、元気だったかよ。当然僕など目にもかけないわけだが、そこをたまたまわんこが通りがかった。吠え出すわんこ。手綱を持たれているので近付けないが、そうでなければ飛びかかりそうな勢いだ。しかしあいつは反応すらしない。うん、お前は健在だな。僕は何だか嬉しくなって、その場を後にした。
それが、あいつを見た最後だった。野良猫の最後がどうなるのかは僕には分からない。
一年ほど後。近所の若夫婦がどこからか子猫を拾ってきた。野良にしては驚くほど毛艶の良い、漆黒の子猫を。ああ、きっとお前は。
クロ、と名付けられたそいつには僕の引っ越しまでいろいろやられたよ。声を掛けると無視するくせに、掛けずに通ろうとすると呼び止める。挙げ句の果てにはネコパンチを食らう体たらく。ネコってわざと爪を出さずに引っ掻けるってこともクロに教わったよ。僕はこいつにもかなわない。
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