幼き日の思ひ出〜国語担任との心温まる交流の話
国語がそれなりにできた中学生だった。中学生レベルでね。
中一はね、小学校の上がりだからあれですが。
中二になって、担任になったのが国語教師。大阪と云う土地柄、どうわ問題等にも熱心な、所謂熱血先生。生徒の信頼も篤いらしいと聞いて、ふーん、と思っていた私、そして母親を交えた三者面談があった罠。
熱血先生が開口一番、
「お宅の息子さんは自分の能力を過大評価してらっしゃるんじゃないでしょうか。」と母親へ直球を投げ付ける。あー、一応初対面だった筈だが、人を見て場合によっては聞き流すという美点をお持ちのMyママン、そして私ははあ、そうですか。と引き下がり面談終了。評価は人それぞれですから。拾う神もあれば捨てる神もあるもので。
そこから私の国語に関する成績が急降下(笑)。いきなり去年のハーフを叩いたときはどうしたよ、俺、と思ったものだ。今にして思えば、私の属性として鏡的な要素があったんだね、と微笑できるんだが。そのラインのスコアを維持した私は当然微妙な関係のまま中三に進学。対話は少なかったね。
中三の担任はいい加減で立ち回りの上手い方。口から適当なことを言う人で、無口で真面目、几帳面が服を着て歩いている私とはすぐに仲良くなった。国語の担当も別の先生に代わり気分一新。で、一学期のはじめに大阪統一(多分)の実力テストが行われた。細やかな成績が知らされないという心底ムカつくテストだったが、しばらくして、今の国語担当が呼び止める。
「ちょっと、君どうしたの?」と。今と変わることなく謙虚で臆病な私は、
「ええっ、僕が何かしましたか?」とお返事。
とても良かったらしい。済んだ事なのではあ、と気の無い返事の私。悪くなかったのなら上々。
しかし話はここで終わらない。
人に直球を投げくさった中二の担任が、
「よく頑張ったな。」と声をかけてくる。別にあんたの為ちゃうし。
「僕は信じていた。」何やそれ。ワイはあんたを信じとらんわ、昔も今も。挙げ句の果てにおかんに向かい、
「何かあったら言って下さい!」と爽やかに言い放つ。ええ加減にせえ。
たかが成績、しかも一回良かった程度で手のひらを返すとは何だ。お前の見てるのは人では無く成績と言うことか。私のその担任に対する評価が地の底へ落ち込んだ瞬間だ。それまでのままだったなら、そう言う見方もあるよな、賛同はしないが、で留まっていたと言うのに。
井村先生、今はどうしてらっしゃいますか。
ご健勝であらせられるとよろしいのですが。
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